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2015/08/29

翻弄しないでくれる?- Dazzlingly -

幕末設定。 沖千。「緑華祭・弐」のお話。両片想い。



薄い桃色の桜の花が散り、青々とした葉が涼しげな影を作る、五月のある日。
僕が特にする事もなく自室でごろごろしていると、行きたくない場所へと無理矢理呼び出された。

 中にいる筈の部屋の主に対して、僕は断りの声をかける事もなく、障子戸を遠慮なしに片手ですぱんと開けた。
どすどすと不機嫌さを滲ませた足音で部屋の中へと入り、開けた時と同じ力具合で障子戸をぱしんと閉めると、部屋の主が文机に身体を向けたままぎょっとした顔で僕の方を見ている。
「…お前なぁ……。」
無駄に整った顔を歪めて、ふっかけてくる呆れた声を無視しながら、僕はどすんとその場に胡坐をかいた。一君とか山崎君とかなら、ここできちんと正座して、目の前の人に対してぺこりとお辞儀でもするんだろうけど。僕は、そんな事をする気なんて全くない。
「貴方のご命令通り、呼ばれたみたいなんで、すっごく嫌だけど来てあげましたよ。で?一体、何の用ですか。」
「あぁ、そりゃありがとよ!ったく…それにしても、何て面してやがんだ、総司。今から、どこかへ出入りにでも行くつもりか?」
土方さんは軽い溜め息と共に、手にしていた筆を筆置きへと戻すと、文机から僕の方へとくるりと身体を向き直して、僕の顔について軽い文句を投げつけてきた。本当、失礼だよね。
「この顔は地ですよ。確かに、誰かさんみたいに所構わず女の人の餌になる程には、整ってはいませんけど。でも、別に新八さんみたいに、女の人にもてたいなんて思ってませんし。それに誰かさんと違って、「心中してくれ」って刃傷沙汰になったりとか、「孕まされたから責任とってくれ」って言いがかりをつけられるとかいう、無駄な心配をする必要もありませんしね。この顔で、特別不自由なんてしてませんよ。まぁその前に、僕はその誰かさんと違って、手当たり次第に女の人に手なんか出しませんけど。」
「…てめぇ、言うようになったじゃねぇか……。」
僕の悪態に、こめかみのあたりとぴくりと引きつらせると、土方さんは気を取り直すように「んんっ」と軽く咳払いをしてから、袂の前でするりと腕組みをした。
これは、この人が仕事の命令か何かの用向きを告げる時の癖だ。涼しい表情と纏っている空気の温度から、大した仕事でも何でもないって事が分かる。たぶん、くだらない用向きの方だろう。
 面倒臭いなぁ…する事がなくて退屈だったからって、素直に来なければ良かった。
土方さんが、「それで、話ってぇのはだな」と話題を切り出そうとした時。外の廊下から、ととと、と聞き覚えのある軽やかな足音が聞こえた。
 あぁ…お茶を持ってきたのかな。
僕が心の中でこっそり予想していると、足音は部屋の前でぴたりと止まって、しゅっと衣擦れの音がした。膝を折って、居住まいを正した音だと思う。
「お話の最中、失礼致します。お茶をお持ちしました。」
「おぅ、入れ。」
土方さんの応対から一呼吸おいた後で、障子越しに「失礼致します」という高めの声が聞こえた。
すっと障子戸が開いて、予想した通り少年剣士風情の小柄な子が、慣れた所作で静かに部屋の中へと入ってくる。僕の時とは違って、小さな両手を添えて閉める障子戸の音は、とん、というとても静かなものだった。

 この子の名は、千鶴ちゃん。雪村千鶴ちゃん。
ちょっとした事情で、新選組の屯所で身柄を預かっている「客人」という名の居候だ。この子の身の上を案じて、色々な面倒事を避ける為に「女の子」という事を隠しながら、「土方さんの小姓」という名目で僕達と一緒に生活している。
 本人にとって、「ただ飯食らいの居候」っていう今の立場は、酷く居心地が悪いみたいで。自ら「お仕事をさせて下さい」と土方さんに談判してきてからは、こうやって本当に土方さんの小姓紛いの事をするようになっている。…僕としては、ちょっと面白くない。
あの子は、新選組の隊士でも何でもないのに。「役に立つし便利だから」って、事ある毎に顎でこき使ってさ。さすが、「泣く子も黙る鬼副長さん」だよね。
「土方さん、どうぞ。沖田さん、お茶です。…あれっ?」
盆に乗せられていた湯飲みは、三つ。室内には、僕と土方さん。今来たこの子を加えて、三人だけだ。
おそらく、「三人分の茶を持ってこい」と土方さんに頼まれたんだろう。戸惑った表情で、余った一人分の湯飲みと土方さんの顔を、大きな瞳で見比べるように交互に視線を走らせている。
「その茶は、お前の分だ。お前と総司に、ちっと話がある。そこに座れ。」
「えっ?あ…はい。」
「…」
 絶対、何か企んでるよね。
僕は、ぎろりと無言で土方さんを睨みつけた。
土方さんは僕の顔をちらりと見ると、何食わぬ顔で湯飲みの中の茶をすすっている。「僕の事なんて歯牙にもかけてない」って顔だ。涼しい顔で平然としているその姿に何となく苛付いて、僕は目の前にある湯飲みを乱暴に手に取った。
「沖田さん、お茶菓子もありますよ。如何ですか?」
千鶴ちゃんは、僕達の纏う空気がいつも以上に不穏なものだと勘付いたらしい。盆の上に乗せていた饅頭の乗った皿を、僕の近くにそっと置いてくれた。
気を遣うように、こてりと小首を傾げながら僕の顔を見つめてくる顔が、ちょっと可愛くて。
 …分かったよ、降参。
 僕は「ありがと」と言葉少なに答えると、月見団子のように綺麗に乗せられている饅頭の一番上の一つをがしっと掴んで、一口分だけをまるで毟るように齧った。


「…それにしてもさ。土方さんって、本当に失礼だよね。」
すたすたと歩きながら溜め息混じりに僕が悪態をつくと、すぐ後ろについていた千鶴ちゃんが、「え?」と聞き返してきた。
久しぶりに市中に出た所為か、千鶴ちゃんは物珍しそうにきょろきょろと視線を移しては、楽しそうに頬を緩ませている。僕の視線に気が付いて、千鶴ちゃんは「あ、余所見をしてすみませんっ」とぺこりと頭を下げてきた。
 あぁ…そっか。この子、外にはあんまり出れないんだっけ。
 いつもの巡察で慣れている僕達に比べると、屯所の外へ出る事が殆どないこの子は、京の地理にも世情にも疎い。それに加えて、江戸と京は建物の作りや周りの人間の風情、空気までもが全く違う。こんな風に、色々な物が珍しく見えてしまうのも当然だよね。
 …まぁいいか。
今は、僕と一緒にいるんだし。
僕は「何でもないよ、行こう」と言って千鶴ちゃんから風呂敷を取り上げると、小さな手を引いていつもよりも少しゆっくりした速度で歩き出した。

 土方さんの部屋に呼ばれた用事は、何て事はない「お使い」だった。
八木家の奥さんが懐妊したという報せを聞いたらしく、「西本願寺へ移るまで長々と世話になっていたし、今回の祝いも兼ねて、小間物屋で何か贈り物を買ってきてくれ」というものだった。
 千鶴ちゃんに白羽の矢が立ったのは、勿論「女の人への贈り物だから」だ。僕は、千鶴ちゃんの護衛役。京は物騒だし、この子の事を狙っている変な奴もいる。名目上は「土方さんの小姓」だけど、実際は「監視対象」だ。さすがにこの子を、一人で外へ出かけさせるわけにはいかない。…それは、分かってるけど。
『…総司、何だその顔は。面倒くさそうな面しやがって。』
『面倒臭そうなんじゃなくて、面倒なんですよ。何ですか、その子供のお使いみたいな用向き。これでも僕、一応一番隊の組長なんですけど。』
『あのなぁ…お前は今日は非番で、てめぇの部屋でごろごろしていただけだろうが!でも…まぁ、そうだな。そんなに千鶴と出かけるのが嫌だってんなら、別の奴に任せ―――』
『…ちょっと、土方さん。僕は、「面倒だ」って言っただけですよ。別に、「行かない」とは言ってないじゃないですか。』
むっとして言い返すと、土方さんは「ん?そうか?」と楽しそうに笑った。…今の、絶対わざとだよね。この人の底意地の悪さって、本当にどうかと思うんだけど。
『じゃあ総司。千鶴の事は、お前に任せたからな。千鶴も、これは大事な仕事だからな。くれぐれも、下手をうつような真似はするんじゃねぇぞ。あぁ…帰りに、ちっと例の損料屋にも寄ってくれ。監察方で、女物の着物を用意する必要があってな。一、二枚で構わねぇから、そいつの調達も頼む。着物の見立ては…まぁ、お前等の好きにしてくれ。普通の町娘に見えるようなもんなら、どんなのでも構わねぇからよ。』
『はぁ?ちょっと、何で用事がもう一つ増えて―――』
『分かりました!お任せくださいっ!』
僕が文句を言おうとした瞬間、仕事が増えた事が嬉しくてたまらない千鶴ちゃんは、元気良く返事をした。
満面の笑みで「沖田さん、よろしくお願いします!」とぺこりとお辞儀をしてくる千鶴ちゃんに、僕は完全に毒気を抜かれちゃって。
酷く楽しそうな視線で「してやったり」といわんばかりの顔で僕達を見ている土方さんに、僕は無言で睨みつける以外に仕返しの方法が見つからなかった。


「ほな、これはどうでっしゃろ。これなら、えぇんやないどすか?」
「そうですね…このお着物なら、色も綺麗ですし。あっ、沖田さん。こちらのお着物は、如何ですか?」
新選組に陰ながら協力してくれている損料屋「ふくし屋」のご主人に勧められて、千鶴ちゃんは楽しそうに女物の着物を選びながら、僕に意見を求めてきた。…はっきり言って、退屈だ。
僕は草履も脱がずに店先の入口へと腰を落ち着かせると、番頭さんが持ってきてくれたお茶と干菓子に「ありがとう」と手を伸ばした。
「別に、どんな着物でも良いんじゃないの。僕が着る物じゃないし。」
「…そうですか?では、私が選ばせて頂きますね。」
干菓子を口に放り込みながら僕が「よろしく」と言うと、千鶴ちゃんは「はい」と嬉しそうに笑顔で返してきた。
土方さんの話を額面通りに受け取ると、これは「監察方で必要な物」らしい。
 …何か、嘘臭いんだよね。
監察方の仕事で必要な物とくれば、わざわざ僕達には頼まずに、他の監察方の隊士達にでも頼むんじゃないかな。町には、このお店のご主人のように、新選組に協力的な人達だっているんだし。その人達に頼めば、事は簡単に済む筈だ。
 たぶん…うぅん、絶対、「あれ」だよね。
僕は、店の奥へとちらりと視線を向けた。
千鶴ちゃんは、屯所では絶対に見せないような「女の子」の顔で、ご主人の薀蓄を聞きながら着物を眺めている。それを見て、僕は「自分の予想は間違いないな」と確信した。

 千鶴ちゃんは、屯所では性別を隠している為、ずっと男装をしている。
江戸から京へ辿り着くまで、一人で旅をしていた日々も加えて計算すると、女物の小物やら着物から遠ざかって、もうかなり経つ筈だ。
無駄に気転が利くあの人の事だから、長い間「女の子」には戻れずにいるあの子の事を、気の毒に思ったのかもしれない。八木家の奥さんの報せを聞いて、「丁度良い」とでも思ったんだろう。
 でも…まぁ百歩譲って、本当に監察方が着るとしたら―――あの子が、さっきから楽しそうな顔で選んでいるあの着物は、「監察方の変装用」だろう。もしかしたら、山崎君あたりが着るのかもしれない。以前にも、「これは隊務の一環だ」って何度も何度も呟きながら、内偵の為に女装の練習をしていた事があったしね。
 …あの子が見立てた着物を、山崎君が着るっていうのも……何かちょっと腹立つよね。
 とっとと終わらせよう、うん。
僕は持っていた茶をぐいっと煽るように飲み干すと、近くで算盤を弾いていた番頭さんに「ごちそうさま」と空になった湯飲みを押し付けた。
「ねぇ、千鶴ちゃ―――」
「如何ですか、沖田さん?」
ご主人と楽しそうに話をしていた千鶴ちゃんに、「さっさと選んで早く帰るよ」と言おうと思って、くるりと振り向いた瞬間。
千鶴ちゃんは、ばさりと広げられた薄い白藤色の着物を肩にあてて、柔らかく微笑みながら僕に問いかけてきた。

 夜明けの頃に見る、朝日の光を浴びた雲のような…薄く青みがかった、白藤色の綺麗な着物。
着物の裾には、笹の葉の模様と流水紋がするりと伸びていて、涼しげな風合いだ。
 千鶴ちゃんの白い頬と、白藤色の緩やかな色合いがとてもよく似合っていて―――そこには、いつも屯所で見ている「男装姿の千鶴ちゃん」は、どこにもいなくて。
そのはにかんだ顔は、まるで「恋仲相手の男に着物を見立ててもらっている、どこにでもいる幸せそうな町娘」のように見えて。
僕は、一瞬だけ…息を飲んだ。

「…駄目、ですか?沖田さん?」
千鶴ちゃんの悲しそうな遠慮がちな声に、僕ははっと我に返った。
店のご主人は何かを悟ったのか、「よぅ似合とりますぇ」と慰めるように千鶴ちゃんに話しかけている。千鶴ちゃんは顔を赤らめながら、「いえ、あの…私が着る物ではなくて、頼まれただけなんです」とふるふると首を横に振った。折角、珍しくちゃんと素直に褒めようかなと思っていた僕のささやかな勇気は、ご主人の慰めの言葉によって完全に封じられてしまった。
「…それで良いんじゃないの。着物は、それなりに綺麗だし。確か、もう一枚位、用意しなくちゃいけないんだっけ?」
「あ、はい。土方さんは、一、二枚と仰ってました。」
「じゃあ、もう一枚は僕が選んであげるよ。一応、僕達で見立てて来いって言われたしね。」
僕が、草履を脱ぎながらそう言って店の中へと上がりこむと、千鶴ちゃんは「はい、お願いします!」と嬉しそうに笑った。ご主人は笑顔でするりと立ち上がると、千鶴ちゃんの隣にある僕用の座布団の近くに膝を折って、「どうぞ」と丁寧に案内してくれた。
「ほんなら、ここはお二人だけでごゆるりと。ウチは、奥におりますんで。何かご用命がありましたら…そうどすな、そこに番頭がおりますんで、気軽にお声がけして下さい。ほな、沖田はん、雪村はん。ごゆっくり。」
「…!」
「ありがとうございます!」
 ご主人はにこやかに笑ってぺこりとお辞儀をすると、奥の方へと引っ込んでいった。番頭さんも、目を細めて無言で僕に向かって会釈をすると、広げている帳面へとまた視線を落として、ぱちぱちと算盤を弾いている。店の中は、途端に賑やかさがなくなり、まるで僕達だけがいるような空気になった。
 …気を遣われた、かな。
そんなに、あからさまな位に不機嫌な態度をとったつもりもないんだけど。商売上手な商人っていう人達は、心の機微を捉えるのが上手いっていうから、こういった気配りはお手の物なのかもしれない。
僕が勝手に納得しながら、「よいしょ」と座布団に胡坐をかき直していると、千鶴ちゃんから「沖田さん」と声をかけられた。
「もう一枚のお着物は、何色にしましょうか?この…紫色のお着物なんて、如何ですか?」
「え?」
千鶴ちゃんが、手前にあった紫色の着物に手をした時…僕の脳裏に、例の「あの人」の姿が頭に浮かんだ。
 涼しげな目元に菫色の瞳を宿した、僕の大嫌いなあの人。
あの人の瞳と同じ紫色の着物が、千鶴ちゃんの肩にそっとあてられた瞬間…まるであの人の腕が千鶴ちゃんの身体に絡んだみたいで、胸の辺りがむかむかとした。
僕は「これは駄目」と短く言うと、千鶴ちゃんの身体にあてられていた紫の着物をばっと掴んで、辺りに放り投げた。
「あっ…!駄目ですよ、これはお店の……。」
「紫は嫌。違う色の着物にしよう。」
「へっ?は、はい。」
千鶴ちゃんは、きょとんとした顔をしながらも僕の言葉にこくりと頷くと、僕が放り投げた紫の着物を綺麗に片付けてから、別の着物を選び始めた。


 結局。僕が選んだ着物は、萌黄に黄色の花模様が入った、少し明るめの着物だった。
この二枚の着物は監察方が使う(らしい)物で、千鶴ちゃんが着る物じゃないって事は分かってる。それでも、何となく…癪に障った。自分でも子供みたいだと思うけれど、嫌なものは嫌なんだから仕方ないよね。

「すっかり、日が暮れてしまいましたね。」
「小間物屋さんでも、ふくし屋さんでも、随分と長居しちゃったからね。はぁ…疲れた。」
僕が首を左右に傾げたり肩を回したりしていると、後ろから「沖田さん、ありがとうございました」と千鶴ちゃんにお礼を言われた。
 振り向くと、夕暮れの闇と提灯のぼんやりとした火でつくられた千鶴ちゃんの顔は、屯所で見るいつもの、少し気を張り詰めている顔じゃない…少しだけ艶を含んだ「女の子」の笑顔だった。
目をそらせずにいる僕が、こくりと小さく喉を鳴らして「…何が?」と問いかけると。千鶴ちゃんは、ふわりと儚げに笑った。
「沖田さんは男性ですから、お買い物をされる時は、女性のようにあまりお時間を取られるような事はないんじゃないかなって思ったんです。でも今日は…私が選び易いようにって、お時間をとって下さいましたよね。どうもありがとうございました。」
「…別に、君の為じゃないよ。八木家の奥さんへの贈り物なら、ちゃんと選んだ方が良いって思っただけだし。」
僕が、子供みたいにぷいっと顔を背けながら言い訳を言うと、千鶴ちゃんは「それでも、嬉しかったです」と呟くように言って微笑んだ。軽く俯かせているその顔は、笑っているのに…何故か、少しだけ切なそうで。僕は、胸の奥がぎゅうっと掴まれたような気分がした。
「今の私には、今日みたいに…女物に触れられる機会なんてありません。父が見つかるまでは、女子の姿にも…戻れませんから。」
「!」
この子の顔が憂いを帯びていたのは、この所為か―――そう思って、僕が声をかけようとした時だった。
「千鶴ちゃ…」
「でも。一番嬉しかったのは、沖田さんと…ご一緒出来た事です。今日みたいに…男性の方と一緒に、町に出て色々な物をゆっくりと見て回る事なんて、江戸に住んでいた頃は考えられませんでしたから。」
「…は?」
 初めて?
買い物に付き添われる事が?
言い方からして、「お父さんと一緒に買い物をする」っていう事は、勘定に入っていないんだよね、きっと。
「…どういう事?」
「あ、えっと…着物は、いつも父が用意してくれていたんです。患者さんに、良い仕立て屋さんがいらっしゃったみたいで。ですから、わざわざ町に出て買う必要がなかったんです。小間物も、ご近所でお店を営んでいる方から、安く分けて頂いたりしていましたから。」
「へぇ…そうなんだ。でも、外で買い物するなんて普通、誰でもするでしょ。千鶴ちゃん、「行きたい」とか思わなかった訳?」
「そうですね…あ、ご近所のお店にでしたら、何軒か通うところはありました。それでも、一人で出かけてさっと帰りましたし。元々外出は、父が物凄く心配するので、あまり遠くへは行かないよう控えていたんです。」
 江戸で育った町娘の割に、ちょっと世間知らずなところがあるのは、そのあたりの所為かな。
僕が、腕を組み替えながら勝手に納得して黙っていると、千鶴ちゃんは申し訳なさそうに瞳を伏せながら話を続けた。
「それに、診療所での父の手伝いや、家の中の事もしなくてはならなかったので。常日頃から、長々とした時間をとる事なんて、滅多にありませんでした。ですから今日は、沖田さんが長い間ご一緒して下さって…すごく嬉しかったです。本当に、ありがとうございました。」
千鶴ちゃんが笑顔でぺこりとお辞儀をした瞬間、高く結い上げた髪がぱさりと揺れた。
 江戸にいた頃は、ただの町医者の娘だった千鶴ちゃん。おそらく、その時はもう少し髪が長かった筈だ。
女の子の長旅は危険が多いから、女物じゃなくて男物の着物を着て。少しでも男に見えるように、綺麗な髪を切って。江戸から、京へ来る為に。全ては、「行方知れずになってしまったお父さんを見つけ出す為」に。
 …そうだよね。
 この子は、お父さんを見つける為に、屯所で…僕達と一緒にいるんだから。鋼道さんが見つかったら…見つかったら、その時は―――。
僕は、にこやかに笑っている千鶴ちゃんに、「ねぇ」と声をかけた。
「…お父さんが見つかったらさ。僕が、お祝いに着物を買ってあげるよ。ちゃんと、君の為に仕立ててあげる。…だからさ。君が、今の格好から女の子に戻る時は…その着物を着てくれない?」
「えっ…で、でもっ…申し訳ないです!それに、お着物を仕立てるのって、結構かかりますし……!」
千鶴ちゃんの、慌てた顔でぶんぶんと首を左右に振る姿が、何だか子供の玩具みたいで。
その反応を「可愛い」とは思うけれど、こんなに強固に拒否されるっていうのも、ちょっと悔しくて。
首がもげてしまいそうな勢いで振られ続けている小さな頭を、僕は片手でがしっと掴んで無理矢理止めると、「千鶴ちゃん?」と呼びかけながらゆっくり顔を近づけていった。
びくりと震える、華奢な肩。白い頬が、距離が近付くにつれて赤みを増していく。…本当、良い反応するよね。
「お、沖田さんっ…あの、お顔っ…ち、近いですっ…!」
「ねぇ。そんなに、僕の好意を受け取るのは嫌?着物位、別に良いじゃない。そんな可愛くない事を言う首は、斬っちゃうよ?」
「きっ、斬られるのは、嫌ですっ…!」
 僕との距離の近さに居た堪れないのか、千鶴ちゃんは力いっぱい頭の重心を後ろにおいて、僕との距離をとろうとしている。
 …そういう風に抵抗されるから、つい苛めたくなっちゃうんだよね。
「じゃあ、約束ね。「女の子」に戻る時になったら、僕があげた着物を着るんだよ?着る時は、ちゃんと僕に見せてね。僕、自分の目できちんと確かめたいからさ。」
「は、はい。」
「…それと、もう一つ。その後、僕、鋼道さんに話したい事があるからさ。その時…僕と一緒に、いてくれる?」
「はい?」
千鶴ちゃんの口から出た言葉は、「それはどういう意味ですか?」とか「どうしてですか?」っていう意味だって事は、ちゃんと分かってたけれど。僕はそれには全く気付いていないという顔で、「うん、ありがとう」とお礼を言うと、千鶴ちゃんからそっと離れた。
 僕の顔を見て、千鶴ちゃんは「何かがおかしい」と悟ったらしい。屯所で僕にいつも揶揄われている分、それなりに勘が働くみたいだ。
千鶴ちゃんは、いつもの調子で子犬みたいに僕の周りをちょろちょろと歩き回っては、可愛い声で「沖田さん…あの、どんなお話なんですか?」と聞いてくる。
僕が笑って「秘密」と返事をすると、いつも通り千鶴ちゃんは不機嫌そうに「狡いです」と白い頬を膨らませた。
こんな風に…困っているような不服そうな表情で、上目遣いをしながら大きな瞳でじっと見つめてくるこの子の仕草に、僕はちょっと弱かったりする。これは、誰にも―――勿論、この子にも内緒だ。
「そうだなぁ…じゃあ、一つだけ教えてあげる。「すごく良い事」…かな?」
「すごく、良い事…ですか?」
「うん。たぶんね。」
 こういう事に関して破壊的に鈍い千鶴ちゃんは、これだけ言っても全く判っていないらしい。小さな頭を少し傾げては、「うーん」と軽く唸って頭を悩ませている。
 まったく…無邪気な言動で、あんまり翻弄しないでくれないかな。
 強引に、こんな約束を取り付けてでもしておかないと安心出来ないなんて―――ちょっと僕、重症じゃない?
 もしその時が来る前に、この子が気付いたら…どんな顔をするかな?
 まぁ…気が向いたら、僕の口から教えてあげても良いよね。

 僕は、まだ悩んでいる千鶴ちゃんの横顔を隣で眺めながら、上機嫌で屯所への道を歩いた。


―了―

――― あとがき ―――
テーマは、「幸せな沖千」というものでした。
原作みたいに「切なさ」も「甘さ」も「沖田さんの妙に子供っぽいけど甘えたさん」みたいな部分も、ちゃんとを出せたら…!!と思って、書いた作品ですが、自分にはなかなかハードルが高かったです;
自分の気持ちを認めながらも、他人に悟られるのを良しとはしなさそうなイメージがあるので、ちょっと意地っ張りさんな人になってしまいました;;;
土方さんに対して、沖田さんがなかなか酷い言い方をしていますが、土方さんもちょっと揶揄ったりしているので良い意味で「痛み分け」だと思いますw
このお話の沖田さんと千鶴ちゃんは、「互いの思いは直接通じ合っていないだけで、二人は両思い」という設定です。ちゃんと表現出来てはおりませんね;申し訳ございませんorz

タイトルの「翻弄しないでくれる?」ですが、基本的に気まぐれさんで皆の振り回す彼が、唯一振り回される相手は千鶴ちゃんだろうと思いまして。
おそらく、心の中でタイトルのような事を思った事があるんじゃないかと思って、このタイトルにしました。
サブタイトルの「Dazzlingly」は、「眩惑(げんわく)」です。「まばゆさに目がくらむ」という意味ですが、お話の中で屯所では見られない「女の子の顔をした千鶴ちゃんに、沖田さんが戸惑ったり眩しく思ったりするシーンを込めています。
「好きな相手にしか見せる事のない表情、屯所の外でしか見る事のない表情。それを眩しく思う沖田さん」…という意味です。

因みに、構想中にボツとなった番外編「もう少しだけ。-acquisitive mind-」も、よろしければご覧下さい。

テーマ : 二次創作:小説 - ジャンル : 小説・文学

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プロフィール

となみかや

となみかや/1073kaya Admin
薄桜鬼・うたプリ・刀剣乱舞に、
重篤レベルで嵌り中。
千鶴受/春歌受/女審神者受

Twitter: @to7mikaya_3na10
Pixiv: 4211441


※現在、WEB拍手は3作品です。
龍鈴(薄桜鬼)/原千(薄桜鬼)/
薬研&光忠(刀剣乱舞)

カテゴリー

シリーズ(完結済)

薄桜鬼。2話~の作品。完結済。
◆ジレンマシリーズ
沖田編 1234
斎藤編 123456
平助編 1234
原田編 123
土方編 123456

◆対決シリーズ
沖田VS平助 沖田編平助編
原田VS土方 原田編土方編

◆片思い対決(色)
沖田VS斎藤 沖田編斎藤編

◆SSV(バレンタイン)
沖田編
斎藤編後日談
平助編後日談後日談2
原田編
土方編
山崎編(移行中)

◆雨上がりの行方(沖千斎)
沖田編斎藤編

◆翻弄しないでくれる?(沖千)
本編番外編

◆幸福を得た獣(土千)
本編番外編

◆果てなき心(原千)
前編後編

◆笑顔に会いたい(平千)
前編後編

◆祈り結く声(平千)
前編後編

◆目覚めた想い(平千)
1234

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