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2015/08/29

治療なんていらない- I don't tell a lie? -

沖田√ED後。沖千。二人で町へおでかけするお話。



新緑が眩しい、五月。
澄んだ空気を吸い込みながら、僕と千鶴は身の回りの物を買う為に、町へと続く山道を下りていた。
「千鶴、大丈夫?疲れてない?」
僕が問いかけると、隣でとてとてと歩いている千鶴は「はい」とにこやかに微笑んだ。


 僕達が雪村一族の跡地に住むようになって、随分経った。
十年以上も前に廃村と化した雪村一族の村は、焼き払われた廃屋が並び、雑草が生い茂る喪われた土地だった。
人間達には、おそらく知られていなかった場所。南雲薫が話していたように、ここに住んでいた鬼達も滅び、他の鬼からも記憶の片隅へと葬り去られていた土地だ。
それでも、手入れをすれば何とか住めそうな小さな家を見つけ、僕達はそこでひっそりと隠れ住む事にした。
自分達で食べられる位の小さな畑を耕して、山で山菜を取り、川で魚を獲る。さすがに米を作る事は出来ないし着る物も必要だから、最低限の必要な物は、山の麓にある小さな町へ買出しに行く事にしていた。

「総司さんこそ、御身体は大丈夫ですか?」
僕の手をきゅっと握り、心配そうに見つめてくる大きな瞳。心配性なのは、屯所にいた頃からずっと変わらない。僕の事を気遣ってくれるのも分からないでもないし、千鶴の生来からの気性もあるから、仕方がないのだけれど。
変若水による発作も、村に流れる清流の水のおかげでどんどん減ってきている。ごく稀に発作が起きる事があるけれど、その時は発作が収まるまで千鶴が僕を抱き締めてくれた。
労咳の発作については―――まだ、片鱗を見せてきてはいない。
病が完治するという楽観視は出来ないけれど、僕が灰になるそれまで…共に生きていられればそれで良いと、僕は思っている。
結局は、僕の我儘の所為で、千鶴を悲しませる事になるだろうけれど。それでも、互いに触れ合っていられる今のうちから、離れて暮らそうなんて気持ちには…とてもなれなかった。
二人で穏やかに過ごしていける事が、こんなにも満ち足りる事だったなんて―――ね。
新選組一番隊組長として、京でより多くの人を斬ってきた僕のこんな姿を見たら…仲間だった皆は、どう思うかな。
近藤さんはおそらく、一も二もなく喜んでくれるに違いない。土方さんや一君は、驚愕の顔をして眉根を寄せるだろう。山崎君や山南さんは、千鶴に「本当に沖田君(さん)でいいんですか?」って、失礼な質問をしそうだ。平助や新八さん、左之さんは、千鶴を独り占めする事に文句を言いながらも、結局は祝福してくれるかもね。
…こんな風に、彼らの事を穏やかな気持ちで思い出せるのも、千鶴がずっと僕の傍にいてくれるからかな?
そう思ったら、自然と笑みが零れた。

「大丈夫だよ。今日はどこへ行くの?買い物だけじゃないよね?」
「はい。油問屋のご隠居さんにお薬を届けて、あざみ長屋にいるトキさんの様子を見に行こうかと。」
千鶴の小さな口から出た人物に、僕は「えぇ?」ちょっと眉を顰めた。
「あそこのお婆ちゃんか…話し出すと、やたら長居させられちゃうんだよね。千鶴の事を、自分の娘みたいに可愛がってくれてるのは分かるけどさ。」
僕の辟易した顔に、千鶴は困ったような顔で「あちらのご隠居さんは、私と同じ年頃の娘さんを亡くされてますから…」と小さく呟くように言った。
雪村の血縁を全て亡くしている千鶴は、家族のいないあの老人の身の上を、他人事として見る事が出来ないんだと思う。僕は千鶴の手をぎゅっと握り返すと、
「じゃあ早く行って、元気な顔を見せてあげないとね。用事が済んだら、さっさと家に帰ろう。千鶴は、僕のお嫁さんで、僕の物なんだからね。」
と、告げた。千鶴は頬を少し赤らめると、嬉しそうに「はい」と頷いた。


「―――お兄ちゃんは、病気なの?」
視線の下から浴びせてくる、小さな声。
質問の内容に驚いて顔を向けると、髪を一つにまとめて高く結い上げた、赤い着物の女の子が立っていた。
トキさんの具合を診ている千鶴を待つ為に、長屋の外でぼんやりとしていた僕の姿が気になったのだろう。興味深そうに僕の顔を覗き込んで、「ねぇ、病気なの?」ともう一度聞いてくる。
―――千鶴の小さい時って、こんな感じだったのかな。
そんな事を思いつつ、にこりと笑って「どうしてそう思うのかな?」と聞いた。すると女の子は、「だって」と困ったように眉根を寄せて俯く。
「おかあちゃん達がね、さっき話してたの。「千鶴せんせいの旦那さんは、お仕事にも行ってないみたいだから、病気なんじゃないか」って。「せんせいがトキばあちゃんの家に行ってる時だって、外で離れた所で休んでるから」って。…ねぇ、お兄ちゃんは病気なの?だから、お薬屋さんの千鶴せんせいと、一緒にいるの?」
顔を上げた女の子の大きな瞳には、うっすらと涙が滲んでいた。年は、六つか七つ位だろう。こんなに小さいのに、もう生死についての事を肌で感じているという事実に驚いた。以前、自分の周りに不幸があったのかもしれない。
「…君は、千鶴せんせいの事が好き?」
僕の問いに、女の子は大きく頷いた。
「大好き!優しくて、良い匂いがするの。お薬と、お花の匂い。トキばあちゃんに怒ってる時はちょっと怖いけど、でも大好き!」
…あのお婆さんに千鶴が怒ってる時というと―――あぁ、酒を禁止しているのに酒樽を隠し持っていた事が分かった時かな?
僕も、薄着でいるとよく怒られるしなぁ…と、心の中で納得する。
「お兄ちゃんは…本当に、病気じゃないの?死んじゃったりしない?千鶴せんせいを、連れていっちゃったりしない?」

千鶴せんせいを、連れていっちゃったりしない?

子供特有の…純真無垢だからこその射抜くような真っ直ぐな瞳に、僕が一瞬だけ息を飲んだ時。
「総司さん、お待たせしました―――あ、おゆみちゃん。総司さん、一緒に遊んでくれてたんですか?」
「千鶴せんせい!」
襷がけを解きながらトキさんの部屋から出てきた千鶴の脚に、「おゆみちゃん」と呼ばれた女の子が嬉しそうに突進していく。かなり懐いているようだ。
「うん、まぁね。千鶴と随分仲が良いみたいだけど、どこの子?」
「トキさんの家の向かいに住んでる、髪結い処の子です。おゆみちゃんの弟のまさ君が、荷車に轢かれて亡くなってしまって……その心労で倒れたお母さんを、私が診た事があるんです。」
「あぁ…なるほどね。」
自分の頭を優しく撫でてくれる千鶴に、おゆみちゃんは僕と同じ質問を投げかけた。
「千鶴せんせい!千鶴せんせいの旦那さんは、病気なの?」
その瞬間。
千鶴の顔が凍り付いて、撫でていた手がぴたりと止まった。
「…どうして、そう、思うの…?」
小さく震える声。その空虚な瞳と千鶴の纏う空気に、おゆみちゃんがびくりと身体を強張らせた。
本当に、嘘をつくのが下手だよね……千鶴は。
こんな小さな子供にすら嘘がつけない千鶴に、僕は小さくため息をついた。僕が過去、唯一無二の人だと決めたあの人に、少し似ているなと感じながら。

「うん。実はね、僕はもう治らない病気にかかっちゃってるんだ。」
僕が明るく紡いだ言葉に、おゆみちゃんと千鶴が、血相を変えた顔で勢い良く僕に顔を向けてきた。
「…本当に、病気なの…?」
顔を蒼白にしたまま言葉も出せない千鶴と、その隣で悲しそうな顔で僕に問いかけてくるおゆみちゃん。僕は極めて明るい顔で、「うん」と笑って頷いた。
「この病は、誰にでも起こる病なんだ。おゆみちゃん…君にもね。」
「…ゆみにも、うつるの?」
おゆみちゃんは、子供特有の素直な態度で嫌悪の色を浮かべながら、僕から離れるように後退った。
「うーん…うつるとも言えるし、うつらないとも言えるかな?僕みたいに、自分でも気がつかないうちに発症してたりもするからね。」
僕が笑顔のまま事も無げに笑うと、小さい頭で必死に考えるおゆみちゃんは、訳が分からないという顔で僕をじっと見つめてくる。
「総司さんっ…!」
泣きそうな顔で声を荒げる千鶴の手首を、僕はにっこり笑って掴んだ。
「だってこの病は…元はといえば、千鶴から貰ったものじゃない。」
「え?」
僕はにやりと笑うと、虚を衝かれている千鶴をぐいっと引き寄せて、薄桃色の小さな唇に強引に口付けた。
「―――」
千鶴は、思考が停止しているらしく、身体を固まらせたままぴくりとも動かない。抵抗する事も思いつかずに硬直している千鶴に気を良くした僕は、更に角度を変えて千鶴の柔らかい唇の感触を存分に味わった。
暫くして千鶴から身を離した僕が、
「恋の病は、草津の湯でも…って、言うでしょ?君も、大きくなったら発症するかもね。」
と笑いかけると、おゆみちゃんは大きな瞳を更に大きく見開いたまま、真っ赤な顔で僕達をじっと見つめていた。まるで、「見てはいけない物を見てしまったけど、目を逸らす事も出来なかった」という顔だ。
作戦成功…かな?
僕は、心の中でほくそ笑んだ。
「おゆみちゃん。お母さん達には、「千鶴せんせいの旦那さんは、千鶴せんせいから恋の病をうつされちゃったから、一生治らないんだ」って、教えてあげて。さぁ、千鶴。もう用事は済んだでしょ?買い物を済ませて、家に帰ろう。」
発熱したように真っ赤になって、放心状態でいる千鶴の手を引っ張りながら、僕はもう片方の手で同じく真っ赤な顔をしているおゆみちゃんにひらひらと手を振って、その場を後にした。


その後。
我に返った千鶴から、物凄い剣幕で怒られたけど。
「だって、本当の事なんか言えないじゃない。それに…恋の病をうつされたのも、本当の事でしょ?」
と言った僕に、千鶴が真っ赤になって二の句を告げなくなったのは、もう仕方ないと思う。


だって、もう治す気もない病なんだし。

嘘をついた訳でもないんだから―――ね?


― 了 ―

――― あとがき ―――
このお話は、「千鶴は人に好かれるキャラなので、二人で町に行ったら総司さんの存在を訝しく思う人がいてもおかしくないかな?」と思って書きました。

このお話には「おゆみちゃん」という女の子が出てきますが、小さい子なら総司さんに物怖じせずに向かっていきそうですし、新選組にいた頃から子供好きだった総司さんなら、ちゃんと相手もしてあげるだろうなぁと思って登場させました。
病については、千鶴は基本的に嘘はつけないでしょうから、あんな感じで総司さんが茶化して誤魔化すのもありかな、とw

でもまぁ…ぶっちゃけ、キスをする必要はなかったですよね;
千鶴から文句を言い出される前に、無理やり口を塞いだだけとも言えますが;
まぁ総司さんはかなりのスキンシップ好きですし、「人前での口付け」という当時の人にとってはかなり強烈なインパクトで疑問を吹っ飛ばしてやろうという彼の策略って事で!;

サブタイトル「I don't tell a lie?」は、「嘘なんかついてないよ?」という意味なんだとか。
完全に屁理屈だと思いますが、まぁ総司さんですから、という事で納得していただけると助かります;

テーマ : 二次創作:小説 - ジャンル : 小説・文学

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薄桜鬼・うたプリ・刀剣乱舞に、
重篤レベルで嵌り中。
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