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2015/08/29

那由他の道義-Destination of the way-

幕末設定。平助君視点。平助君が、御陵衛士へ行くと決める前のお話。シリアス。


木の枝にちょこんとくっついた新芽の緑が、春の訪れを感じさせる―――三月。
空は、白と灰色をぐしゃぐしゃに混ぜたような薄曇りだった。陽の光が雲で遮られてる所為かな…辺りは、いつもよりずっと暗い景色に変わっちまってる。
午前中からずっと、小雨が降ったり止んだり。ところどころに青空が見えたと思ったら、また雲が流れてきて、淡い白へと変わっちまう。
 はっきりしねーところが、今のオレみたいだな…。
覇気のねー視線をゆらりと空から外して、オレが宛もなく屯所の廊下を歩いてると。

「なぁ…お前、どうする?」
男の声で、様子を伺ってるような…相手の出方を待ったような言葉が、オレの耳に飛び込んできた。
「あぁ…あの話か?」
「まったく、参っちまうよなあ。」
げんなりした男達の返事が聞こえて、オレはゆっくりと顔を向けた。道場の片付けを終えた稽古着姿の平隊士が三人、井戸に集まって背を向けながらひそひそと話しこんでる。確か、二番隊…新八っつぁんのとこで見かけた奴等だった。
奴等は、オレがすぐ近くにいるんだって事に全然気付いてないみたいで、例の話について憂鬱そうな顔で議論を交わしてる。
 そりゃそうだよな…もし気がついてたら、オレの目の前でこんな話をする訳ねーもんな。
オレは眉根を寄せて小さく苦笑した。
 …別に、こいつ等が悪い訳じゃない。
そんな事はちゃんと分かってるのに、どうしても苛々とした気持ちが胸の中にじわりと宿ってきちまう。もやもやとした気持ちの落としどころがわからなくて…オレは大きく肩を落とした。
 オレが息を潜めて様子を伺っていると、三人は溜め息をついてから本音をちらちらと漏らし始めた。所謂「ここだけの話」って奴だ。
「御陵衛士に志願するのは自由だけど、移動する人員は限られてるって…結局それって、上役が選抜するって事だろ?何とも言えないよなぁ。…どうする?お前等、志願するか?」
「うーん…そりゃあ、試衛館派の幹部達は厳しいけどなあ。人の情があるっていうか、親しみがあるっていうところがあるだろう?まあその分、無茶な事も結構言われるし、理不尽な目にも遭ったりはするんだけどな。でも、じゃあ伊東参謀に賛同して離隊したいかっていうと、俺はそうでもないんだよなあ……。」
「あぁ…俺も。伊東参謀の話も、一理あるとは思うんだけどなぁ……。」
質問をした奴もされた奴等も、皆で顔を見合わせて小さなため息をつくと、腕組みしながら「うーん」と唸ってそのまま黙り込んじまった。


 数日前から、平隊士達のこんなやり取りを、屯所のあちこちでよく見かけるようになった。…原因は分かってる。伊東さんが、「新選組から離隊して御陵衛士という集団を新たに作る」と、大々的に宣言したからだ。
以前から伊東さんは、オレ達に隠れて自分の一派だけで色々と画策してたらしい。
オレ達はオレ達で、幕府からの密命だった「変若水」の事を話せねーんだから、お互い様ってところはあるんだろーけど。一つの組織が、二つの派閥同士で睨み合ってれば、亀裂が生じちまったのは当然の事なのかもしれない。
 だけど、オレは……。
「おっ、そろそろ巡察の刻限か。」
「もうそんな時間か。永倉組長が、今日から見回りの道順を変えるって言ってたから、ちゃんと覚えないとな。」
「そうだな。道順を間違えたら、副長から『士道不覚悟により、切腹だ!』って言われかねないぞ。」
「よせよ、洒落にもならねぇ。」
三人は軽い調子で笑い合いながら、平隊士の棟へと戻っていった。
会話の端々に滲み出る、親しみを持った感情。顔を見なくても分かる。何だかんだ言っててもあの三人は、隊を離れる気なんてない。新選組を、「自分の場所」にしてる奴等だ―――。
 オレは、廊下の床の上にすとん、と座り込んだ。二頭の白い蝶々が、はしゃぐみてーにくるくると楽しそうにオレの周りを飛び回ってから、ひらひらと舞って遠ざかってく。小さくなる蝶々を見送りながら、オレは三日前…近藤さんと土方さんに呼び出された時の事を思い出した。


 三日前。
行灯の光が揺らめく中、近藤さんの部屋は重たい空気に包まれてた。
外では、しとしとと静かに降る雨の音が聞こえてる。二つの火鉢が置かれた部屋の中はちゃんと暖かい筈なのに、オレはまるで冷たい雨の中で一人、外に放り出されてるような気がした。
オレの目の前に出された熱めのお茶は、もう湯気が出てなかった。一口も飲んじゃいねーし湯飲みに触ってもいねーけど、オレがここに座って結構経ってるから、既に冷め切ってる事は明らかだった。
近藤さんは小さく溜め息をつくと、この部屋に来た時からずっと俯いて黙り込んでるオレに、そっと話しかけた。
『なぁ…平助。君は、試衛館時代から苦楽を共にしてくれていた、大事な仲間だ。隊を離れるという話は…考え直してはくれんかね?』
近藤さんの口から出る、まるで駄々っ子を宥めるような引き止めの言葉に、オレはびくりと肩を揺らした。
何も言えないまま、オレが両膝の上にある握り拳にギュッと力を込めてると、近藤さんはいつもの人の好い優しい口調で話を続けた。
『オレは、君に感謝こそすれ、恨む気持ちなんかこれっぽっちも持ってはいない。君が京へ行く話を持ちかけてきてくれなかったら、オレは新選組の局長として今この場にはいられなかっただろう。あの古い道場で竹刀を振り、国の行く末を憂いながら、「武士になるという夢は絵空事だ」と…「夢は夢だ」と、諦めの言葉を言い聞かせる毎日を送っていたと思う。』
「…」
確かにオレも、あのままじゃ近藤さんは武士になれる事なんてなかったと思う。
近藤さんは試衛館時代…講武所の新しい剣術指南役の候補に挙がったのに、「生まれが農民の出だから」っていうくだらない理由の所為で破談にされちまった。
その噂が広まった所為で、試衛館の門下生が次々と減っちまって…それこそ食うにも困る位になっちまったんだ。
だからオレは、京で腕に自信のある奴等を集めてるって話を聞いて―――。
『だからな、平助。今回の件で、君がこんな形で隊を出る必要なんてどこにもありはしないんだ。伊東さんとの事は…その、何だ……なぁ、歳?』
ぎゅっと唇をかみ締めて、何も言えなくなってるオレの姿に、近藤さんは自分一人では説得し切れねーと思ったみてーだった。言葉に詰まった近藤さんは、それまで隣で腕組みをしながら黙っていた土方さんに助け舟を求めるように声をかけた。
土方さんは眉間に皺を寄せながら、低い声で「あぁ」と返事をすると。
『…平助。お前は、隊を離れる事を一体どういう事だと思ってやがるんだ。』
ぎらついたような厳しい視線を向けながら、土方さんはオレに静かに聞いてきた。
「どう、って……。」
 土方さん…?
『中途半端な気持ちで言ってるんなら、とっとと撤回しちまった方が賢明だって言ってんだよ。お前が、「伊東さんを連れてきたのは自分だから」って、今回の事の責任を取りてぇ気持ちは分からなくもねぇ。…だがな。お前がてめぇの意思でやりてぇ事は、「どんな場所でなのか」って事をよく考えろ。俺が言いてぇのは、それだけだ。』
 …!
『歳、何もそんな言い方は…!』
オレと土方さんの間でおろおろする近藤さんとは正反対に、土方さんは平然とした顔で腕を組み直すと、それ以上何も言わなかった。
『と、とにかくだな…平助。この前聞いた「離隊希望」の話は、一旦白紙にしておく。三日間…よく考えてみてくれ。四日目に、改めて君の口からどうするかを聞かせて欲しい。それでも気持ちが変わらないと言うのであれば、オレ達はもう引き止めはしないでおく。だが…気持ちが変わったのであれば、遠慮せずに言ってくれ。オレは、君の気持ちが変わる事を…心から願っているよ。』
ぽん、とオレの肩に置かれた、がっしりとした近藤さんの大きな手。それまで冷たく感じられた空気の中、あの大きな手を置かれた肩だけが、オレの温もりを取り戻してくれたような気がした。


「…長!藤堂組長!」
何度か声をかけられて、オレははっと我に返った。顔を上げると、平隊士が心配そうな顔でオレを見下ろして立ってる。オレの隊に配属されてる、大野だった。
「あ…悪い。少し、ぼーっとしてた。何か用か?」
オレが前髪をぐしゃぐしゃとかき上げながら聞くと、「門番が組長宛の文を預かったそうです」と、手に持ってた文をオレに渡してくれた。
 文……?
オレに、こんなものをくれる奴なんていない。
誰だ……?
大野が立ち去った後、不審に思いながらも文を開いてみると。

  「藤堂平助様 本日、七ツ半(午後十七時頃)に数奇屋にて、貴方様をお待ち申し上げます―――ご存知より」

そう、書かれていた。
 見覚えのある、流麗な文字。「ご存知より」って書いてあるけど、差出人はちゃんと分かってる。この手紙を出したのは……。
オレは息苦しい位にぎりぎりと痛む胸を抑えながら、あの人からの文をくしゃりと握り潰した。


 夕暮れ時になる、七ツ半。
オレが数奇屋の女将に名を名乗ると、女将は「へぇ、こちらどす」と笑顔で部屋へと通してくれた。そこにいたのは、勿論…あの人だった。
「お待ち申し上げておりましたわ、藤堂君。」
茶屋の個室の奥では、オレの待ち合わせ相手が慣れた所作で優雅に座ってた。
オレは、こういう茶屋とかには一人来る事は滅多にない。こういう場所に来る時は、大抵ぱっつぁんや左之さん達についてくだけだ。
それでなくても、この人とこんなところでする話の内容を考えると、緊張せずにはいられなかった。
「…伊東さん。こんな芝居がかった呼び出し方をしなくても、オレは呼ばれたらちゃんと行くよ。こんな、こそこそする必要なんか……。」
オレがぶつぶつと文句を言いながら向かいの座布団に座ると、伊東さんはにこやかに笑いながら「あら、それは失礼しましたわね」と詫びてきた。何故か、どこか楽しそうに見える。この人のこういうところは、やっぱりよくわからねーと思った。

 伊東甲子太郎。北辰一刀流の名手としても、学に秀でた人物としても名高い、新選組の参謀だ。……今、は。
「本日お呼びだてしたのは、他でもありませんわ。私には、貴方がとても迷われているように見えましたの。最後の勧誘…といったところですかしらね。」
「…!」
柔らかな口調なのに、視線は針みてーに鋭かった。この人は、確かに物腰はなよっとした感じだけど、芯にある部分は全然違う。それは、オレが同じ道場に通ってる時から知ってる事だった。
伊東さんは、口元でパタパタと仰いでた白い上品な扇子をぱちん、と閉じると。
「藤堂君。貴方、将棋はお好き?」
と、オレ達のすぐ傍にあった将棋盤を扇子で指して、突然聞いてきた。
 …将棋?
木製の将棋盤の上には、今からでもすぐに指し始められるように駒が綺麗に並べられてる。白い顔の傍で、伊東さんの扇子がゆっくりと開いてくのを、オレは何故かじっと目が離せなかった。
「あ…ああ。新八っつぁんに付き合って、たまにやるけど。でも、あんまり強くねーかな。新八っつぁん、あー見えても、頭はかなり回る方だし。」
「…そう。」
伊東さんはにこやかに返事をすると、するりと立ち上がって将棋盤をオレの目の前にどん、と置いた。
 将棋でもするのか…?
いや、そんな事をする為にオレをわざわざ呼んだんじゃねーよな。さっきも、「最後の勧誘だ」って言ってたし。
オレが訝しげな顔で将棋盤と伊東さんを交互に見比べてると、伊東さんは切れ長の瞳をもっと細めて、自分の袂に手をつっこんだかと思うと。
「…今の日ノ本の現状は、こうです。」
将棋盤に、ぱちん、と何かを置いた。
 それは―――将棋の駒。玉将だった。

 オレの側にある自陣は、伊東さんが無理矢理置いた所為で、王将が二つ並んでる状態だった。
二人の「王」がいる所為で、オレの自陣はひどく異質なものに見えた。さっきまで綺麗に並べられてた筈の駒達は、増えた王将のおかげで将棋盤の升目からはみ出てて、少し乱雑になってる。
さっきまで揺らぐ事なんかなさそうな位に均等だった陣営は、今は酷く歪んだものみたいで…オレは何となくしっくりしねー気持ちになった。
「勿論、天子様の方が上位な訳ですから王将ですわね。私が今置いた「玉将」は下位の王にあたりますから、幕府にあたります。さて…藤堂君。あなたは新選組として、この日ノ本を守る立場にありますわね。いわば、この陣営の一つの駒といっても良い。さぁ…この陣営で、この二つの王を守りながら諸外国である相手を一蹴して相手の「王」をとるには、どのような手をうちますかしら?」
 ……!
将棋盤の上は、駒達が並べられて臨戦態勢になってた。
ただ一つ…茶屋の物とは違う材質の所為か、伊東さんが置いたその「玉将」だけが、酷く浮いた存在のように見えた。
オレが、表情を固まらせたまま視線だけを将棋盤から伊東さんへと向けると、伊東さんは「さぁ…守りきれますかしら?」と、にこやかな顔でオレに問いかけてきた。
オレを見下ろしている伊東さんは、余裕たっぷりの顔で微笑んでる。答えは一つしかない…そう暗に示した顔だった。
「…いや。」
オレは静かに答えると、小さくかぶりを振った。
「本陣が二つある状態で、指示を出すのも両方で…どっちかが倒れても負けになるっていうんなら、正直きついと思う。どっちかが、一歩引いてくれるっていうんなら…そりゃ違うとは思うけど。」
 今の国の状態で、そんなのはありえねーような気はするけどな……。
オレの返答は、伊東さんの中で満足のいくものだったらしい。伊藤さんはぱっと笑顔になると、「ええ、そうですわね」と頷いて、目の前にあった将棋盤を底から持ち上げてひっくり返した。
 !?
ごとん、と重い音を立てて、ごろりと横に倒れた将棋盤。
散り散りになって、もう自陣のものなのか敵陣のものなのかも分からなくなってる駒達。
そして少し離れた畳の上には、さっき伊東さんが置いた「玉将」の駒が、ぽつんと独りで裏返ってた。
「今のままではこの国は、内なる戦と外からの戦により徐々に疲弊していって、その果てには…このようになってしまうでしょう。今まであった日ノ本という国は、おそらく諸外国の者達からいいように蹂躙されて……なくなってしまいますわ。」
伊東さんは、横倒しになってた将棋盤を元に戻してオレの前に置くと、将棋盤を挟んで真向かいに腰を下ろした。
まっすぐにオレを見るその瞳には…もう、余裕のあるようなものじゃなくて。「真剣勝負」をする時の、「伊東甲子太郎」の顔だった。
「以前にも、お話しましたわね。私は、徳川家の為に「幕府」を守りたいのではなく、日ノ本の国を守る為に「国事」に尽くしたいのです。この日ノ本を、今よりも良き国へと導く為に奔走したい。その為には、天子様や幕府のみならず、「この日ノ本の皆が、心を一つに和となる事」が何よりも重要だと考えておりますの。」
「…ああ。知ってるよ。この前…聞いたから。」
オレが小さく頷くと、伊東さんはにこりと微笑んだ。でも、その瞳は笑ってなんかいなかった。
「私は確かに、北辰一刀流の担い手であり、剣の道に生きる者でもあります。でも、私の刀は尊き人を守る為のものですわ。虫が好かない連中を切り殺す為のものでもなければ、曖昧に作られた決まり事に違反した者を粛清する為のものでもありません。」
 !?
オレは、はっと瞠目して身体をびしり、と固まらせた。伊東さんはそんなオレの態度を気にした様子もなく、更に話を続けてきた。
「私の誠は、「公私平等である事」です。「幹部だろうと何だろうと守らせる」筈だった決まり事は、蓋を開けてみれば、実はただ組織の人員を減らさぬよう皆を縛り付けるだけのものでしかなく、結局は幹部達を贔屓したものだった……。そのような事実を、私は見過ごす事が出来ません。以前、局中法度への切腹に関して貴方は、異を唱えていたと伺いました。貴方なら……私の意見について、ご理解を頂けるのではないかしら?」
 !!
ぐさり、と。
伊東さんの言葉は……まるで、背後から胸を突き刺されたような、鈍い痛みをオレの胸の中へと起こした。
間違いない…この人は、山南さんの事を言ってるんだ。

 「幹部だけを贔屓して、平隊士を締め付けるだけの局中法度をよしとする新選組を、お前はどう思う?」

そう…聞いてるんだ。
「さぁ…藤堂君。貴方が持っている、「貴方の誠」を聞かせてくれないかしら?私は、貴方の本当の意見を聞かせて頂きたいの。」
伊東さんの顔は、またあの柔らかな笑顔に戻ってて。
オレは……その切れ長の瞳から、目を逸らす事が出来なかった。問答無用と言わないこの真摯な瞳は…今のオレの苦しさを、開放してくれそうな気がした。


 どんどん、という太鼓の音が遠くで聞こえる。時を知らせる、太鼓櫓の音だ。
もう子の刻―――あの約束から、四日目を迎えた事になる。
オレは自分の部屋で一人、ぼんやりと室内を眺めてた。
 昼間に干されてた、折り重ねられた一組の布団。その上には、洗い立ての洗濯物が綺麗に畳まれて並べられてる。たぶん、置きに来てくれたのは千鶴だと思う。他の当番の奴等だと、こんなに綺麗に畳んでくれねーもんな。
他の隊士なら、ちっと位の汚れなんか無視しちまうんだろーけど、千鶴はそんな事は絶対しない。洗濯に出した時の汚れが綺麗になくなっている事に気付いて、オレは思わず小さく頬を緩めた。
 座る事が極端に少なかった文机には、こっちに来てから殆ど使われる事の少なかった文箱が置かれてる。
土方さんみてーに、書き物の仕事が山のようにあった訳でもねーから、本当にここへ座る事は少なかったと思う。
 使い慣れた行灯は、小さく開いた穴からゆらりとやわらかい炎が見えた。この小さな穴は、ぱっつぁんが不注意で開けちまった穴だ。
 改めてよく見てみると…色々と思い出なんてもんがあるんだな。
オレは四つん這いになって部屋の奥へ這っていくと、部屋の奥にある押入れの襖をすらりと開けて、中から隊服を引っ張り出した。
 前の局長だった…芹沢さんの命令で作られた、浅葱色に白の山切り模様の隊服。初めて隊服を着て市中見回りをした時、思わずはしゃいじまった事をオレはうっすらと思い出した。
「新八っつぁんや、左之さんと…商人を助けた筈なのに、変に疑われちまったんだっけ。」
オレは苦笑しながら、そっと隊服に袖を通した。
あちこちにある、薄く残る血の染みや、綻びを直した縫い目の跡。
最初に着ていた頃は、山切り模様の袖口は雪みてーに真っ白で、浅葱色の着物はそれこそ秋晴れの空みてーに真っ青だったのに。隊務で着る度に血や泥がついちまって…いつのまにかオレ達幹部の隊服だけが、薄汚れてるようになっちまった。
「いつのまにか…もう、こんなになっちまってたんだな……。」
ふいに涙がこみ上げてきて、オレは瞳に滲んだ涙を隊服の袖でぐいと拭き取ると、そっと部屋を出た。
外はしん…と静まり返ってて、静かな月光だけが辺りを照らしてる。
「…行くか。」
オレは小さく呟くと、そっと足音を忍ばせながらゆっくりと歩き出した。
 それから…朝日が昇ってくるまで、オレは屯所の敷地内の隅々まで歩いて。いっぱい考えて。悩んで。答えを…出した。


「…気持ちは、変わらなかったよ。オレ…隊を出る。」
日が高くなって、あの時と同じように近藤さんと土方さんに呼ばれたオレは、二人にはっきりと告げた。
「…そうか。」
「それで良いんだな、平助?」
残念そうな顔をする近藤さんと、厳しい顔で念を押す土方さん。
「…ああ。」
オレがこくりと頷くと、二人は胸の奥の何かを吐き出すみてーに、深く大きなため息をついた。
「…今まで、ありがとうございました!」
畳に両手をついて、オレはきちんと頭を下げた。今までこんな風に礼をつくした事なんて、数える事しかなかったと思う。
…顔を、俯かせてる所為だよな?
涙が零れちまいそうになってんのは、その所為だよな?
オレはぐいっと顔を上げると、「失礼しました!」と大きく声を上げて部屋を出て行った。

今の選択が…正しいものだと、信じて。それが、自分の行くべき道筋だと……信じて。


-了-



――― あとがき ―――
このお話は、平助君が御陵衛士として離隊する…という決意をするお話です。
内容が内容なので、結構なシリアス話です。
平助君にとって伊東さんは同門の兄弟子なので、皆が言う程毛嫌いはしていないと思いまして。
本質は直情型ですが、皆の事をきちんと考えたりする優しい彼なので、伊東さんのお話もきちんと聞いた上で離隊する事を決めたんじゃないかと思って、このような内容になりました。
本編でも「伊東さんの言っている事が悪いとは思えない」というニュアンスの事を言っていますしね。

 ただ「武士として」といいますか、「男としてこれからの道をどうするか」という岐路に立たされている為、千鶴ちゃんへの思慕はかなり薄めにしました。
個人的見解ですが、この時代「武士」として生きると決めた男性が、己の人生の道筋について真剣に考えている時、好きな女性についてどーのこーのと考えたりはしないんじゃないのかなぁと思ったからです。差別的要素は、一切ないですよ;

 因みに、試衛館派は「情」で、御陵衛士派は「志」で平助君を説得しています。この二つの派閥は、物事の考え方が全く違うので、そのあたりを示したかったからです。

タイトルの「那由他の道義」ですが、「那由他」は「数え切れない位の大きな数」、「道義」は、「人のふみ行うべき正しい道」です。
サブタイトルの「Destination of the way」は、「目的地への道程」という意味です。
「自分で決めた誠(道義)というものは、人それぞれ無数にある」という事と、「目的を成し遂げるための方法や道筋もまた、人それぞれ考え方がある」という意味を込めました。

テーマ : 二次創作:小説 - ジャンル : 小説・文学

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プロフィール

となみかや

となみかや/1073kaya Admin
薄桜鬼・うたプリ・刀剣乱舞に、
重篤レベルで嵌り中。
千鶴受/春歌受/女審神者受

Twitter: @to7mikaya_3na10
Pixiv: 4211441


※現在、WEB拍手は3作品です。
龍鈴(薄桜鬼)/原千(薄桜鬼)/
薬研&光忠(刀剣乱舞)

カテゴリー

シリーズ(完結済)

薄桜鬼。2話~の作品。完結済。
◆ジレンマシリーズ
沖田編 1234
斎藤編 123456
平助編 1234
原田編 123
土方編 123456

◆対決シリーズ
沖田VS平助 沖田編平助編
原田VS土方 原田編土方編

◆片思い対決(色)
沖田VS斎藤 沖田編斎藤編

◆SSV(バレンタイン)
沖田編
斎藤編後日談
平助編後日談後日談2
原田編
土方編
山崎編(移行中)

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沖田編斎藤編

◆翻弄しないでくれる?(沖千)
本編番外編

◆幸福を得た獣(土千)
本編番外編

◆果てなき心(原千)
前編後編

◆笑顔に会いたい(平千)
前編後編

◆祈り結く声(平千)
前編後編

◆目覚めた想い(平千)
1234

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